双葉幼稚園園舎建設の過程

北海道におけるキリスト教の殿堂の歴史は英国聖公会の海外伝道教会の働きから始まる。

1874年(明治7年)英国人宣教師が函館に上陸し、北海道の伝道が始まった。函館を拠点に、アイヌ民族の福祉と教育にも貢献する伝道活動を行った。帯広への伝道は、1890年(明治23年)に始められ、1895年(明治28年)大井浅吉が伝道師として帯広に赴任し、教会活動が始められ、日曜礼拝や、日曜学校を開いた。この日曜学校が、双葉幼稚園の元となった。1896年(明治29年)、1902年(明治35年)にはアイヌ民族の学校を開校している。

1911年(明治44年)帯広聖公会の集会所を使って、双葉幼稚園が開園した。園名は「栴檀は双葉より馨し」より名付けられた。

開園以来毎年40~50名の園児を迎え、集会所では狭いことが懸案となった事と、園の自主運営も軌道に乗った事で、大正の早い段階で新園舎の建築が模索された。幼稚園には専任保母が必要で臼田梅は1918年(大正7年)3月から1年間仙台の私立青葉女学院で保母の資格取得の為に勉学した。この際には、2年の修養期間を1年で修めている。本人の努力もさるものながら、学院長ランソン女史・コレル女史との親密なる交流が母体になった。この時期には、新園舎の構想と設計も念頭にあり勉学に勤しんだであろう。

双葉幼稚園の現況

所在地・・・帯広市東4条南10丁目1番、9番、11番、13番
敷地面積・・・2,260.06㎡
対象面積・・・丸屋根ドーム(遊戯室)を含む本体267.7674㎡
十勝沖地震により増築された玄関 34.3980㎡
計      302.1652㎡

1.内部建具

内部建具は創建時のままで、硝子には歪みが見え当時の面影を感じるものとなっている。出入口の建具高さも当時の尺寸の1800㎜ではなく、1910㎜寸法が用いられ、当初より和の寸法より実用性とバランスから寸法が決められている。遊戯室は高い天井CH=7100㎜、天窓からの採光、白い壁が建物中央にある遊戯室を明るい開放的な雰囲気に作っている。

2.構造体(丸屋根ドーム)

1990年(平成元年)には外壁側から、1999年(平成11年)には創建以来初めて丸屋根ドームに入り調査しています。構造は設計図と同じ様に組まれていて、和組とトラス、金物での接合と木組みでの接合、ボルトでの大梁吊受けなど、当時の地元で有する和と洋の技術が併用されている。

3.改修履歴

・1945年(昭和20年)・・・軍に接収される。(園内を土足で使用される)
・1952年(昭和27年)・・・十勝沖地震マグニチュード8.2創建以来最大の地震を経験する。
・1955年(昭和30年)・・・玄関の拡張工事を行った。
・1958年(昭和33年)・・・順次保育室床の改修を行う。
・1966年(昭和41年)・・・ダクト方式の温風暖房器を設置する。
・1988年(昭和63年)・・・順次屋根の葺き替え修理を行う。
・1999年(平成11年)・・・遊戯室改修で創建時への復帰改修を行う。

4.双葉幼稚園備品について

・オルガン・・・松本リードオルガンで帯広聖公会の活動開始時
には備品としてあった。現役のオルガンで2014年(平成26年)の結婚式で使用されている。

・椅子・・・1937年(昭和12年)の寄贈が最初で数回の寄贈記録ある。創建時のものは破損が有るが保管されている。創建時に園庭にポプラを植樹しドーム屋根と共に園児のモニュメントであった、ポプラが雷によって枯れたため、伐採し制作した椅子が有る。

・青い目の人形・・・1927年(昭和2年)友情の人形とし全国で12,739体の寄贈を受けた中で200有数体が現存している中の1体で、パスポート、着替えなど保々寄贈時の状況で保存されている。(今後、価値【重要性】研究が必要)

・恩物・・・100個以上の恩物が保管され使用できる状態である。

ご入会案内

国の重要文化財に指定された旧双葉幼稚園園舎はとかち帯広にとっての歴史的地域資産で有り文化・観光・まちづくりにとって重要な資源です。

旧双葉幼稚園には、開園以来の書類や資料も保存され、とかち帯広の幼児教育の歴史が積み重ねられています。

それらを維持管理していくことが大切であると考えます。広く会員を募り、旧双葉幼稚園と言う資源の活用保存を勧めて参ります。

賛同・ご協力いただける方のご応募をお待ちしております。